cherrychan927

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彼にされるがままに

 彼にされるがままに身体を拭かれ、パジャマを着せられ、髪を乾かしてもらった。

 恥ずかしいのはやまやまだが、抵抗できる力が残っていない。

 寝る準備万端でベッドに下ろされた時には、瞼が重くなっていた。

「楽?」

 悠久の肩に頭を載せて目を閉じていた私は、ほんのわずかに瞼を持ち上げた。

「やっぱり、ちゃんと部屋を借りて暮らさないか?」

 ウィークリーマンションを更新するかを相談した時、悠久は仮住まいではなくアパートかマンションを借りて腰を落ち着けたいと言った。

 それでも、ウィークリーマンションを更新したのは、私が望んだから。

「違う場所に……行きたくなるかも――」

「――その時はその時でいいだろ」

「長い旅行気分でいいじゃない」

 悠久はそれ以上何も言わなかった。

 私は彼の鼓動を聞きながら、瞼を閉じた。



 ごめんね、悠久。




 悠久の気持ちは嬉しい。

 二人の居場所を作ろうとしてくれている。

 けれど、私はそれを作るのが怖い。

 帰る場所が出来てしまったら、帰れなくなった時がツラいから。

 間宮の家がそうだった。

 あの家は私にとって、悠久との思い出の場所で、帰るべき場所。

 だから、間宮の家で一人で暮らすのは苦しかった。

 この世に一人きりなのではと錯覚してしまうほどに孤独だった。

 そんな場所を増やしたくない。

 今の私たちに必要なのは場所じゃない。

 二人が手の届くところに存在すること。



 悠久の腕の中が、私の居場所だから……。



「いつか、あの家に帰ろ……?」

 意識を手放す直前、とても小さな声で呟いた。 

『不自由はないかい?』

 いつもと変わらない穏やかな声に、私はホッとした。

「大丈夫です」

『どんな小さなことでも、困ったことがあれば、言うんだよ。明堂さんは嫌がるかもしれないけれど、俺はどんなことでもするからね』

「ありがとうございます」

 私と悠久のことを認めて、力になると言ってくれる修平さんの存在は、救いだ。

 ウィークリーマンションで暮らし始めてすぐに、修平さんに居場所を知らせたいと言ったら、悠久はムッとした表情を見せた。

 私が修平さんと会っている写真を見せられていた悠久は、修平さんが今も私に未練を残していると思っていた。

 私は、修平さんの言葉に背中を押されて、励まされて、悠久と離れていた時間を耐えていたのだと話した。

 渋々だったけれど、修平さんに居場所を伝えることを了承してもらい、それからこうして、週に一度くらいだけれど、連絡をしている。

 悠久に心配する必要も、嫉妬する必要もないことをわかってもらうために、彼の前で。

 今も、悠久はダイニングでコーヒーを飲みながら、こちらを見ている。

『来週、お祖母さんの誕生日だろう?』

「あ、そうですね」

『ようやく、相続関係も落ち着くから、そうしたら少し仕事を休もうと思うんだ』

「体調が悪いんですか?」
『いや。浩一との時間を持とうと思ってね。旅行もいいかもしれないな。北海道に行ったら、顔を見せてくれるかい?』

「もちろんです」

『ありがとう。新学期の前にでも行けるように調整するよ』

 また連絡すると伝えて、電話を切った。

 私が見ると、悠久が視線を逸らした。

「修平さんが北海道に来るかもしれないって」と、報告する。

「楽に会いに?」

「ううん。お子さんと旅行だって」

「え……?」と、悠久が目を見開いて私を見た。

「子供?」

「うん」

 私は修平さんとの離婚の経緯を詳しく話した。浩一くんのことも。

 なんとなく、言う必要はないと思ってきたけれど、今は話してもいいかなと思うようになっていた。

 私が今も修平さんと連絡を取り合うのは、未練のような男女の情からではなく、性別を超えた家族としての情と、修平さんの贖罪の気持ちからだとわかって欲しいから。

「あとは……おばあちゃんの為だと思う」

「おばあちゃんて、亡くなった?」

「うん。おばあちゃんが結んでくれた縁を守れなかったことを、修平さんは気にしてるんだと思う」

「それだけで、離婚した後もこんなに気にかけるか?」

「とても一途で義理堅い人だから……」

「ふーん」

 不機嫌さが滲み出る声に、私は顔を上げた。

「離婚したのに縁が切れてないのって、なんかムカつくんだけど」

 そう言うと、悠久は立ち上がり、私の隣に腰を下ろした、そして、ぎゅうっと私を抱き締める。

「俺だって一途だから」

「このままずっと


「このままずっと、楽と繋がっていたいな」

 私のを埋め尽くした悠久が、熱い息を吐きながら言った。

「私も……」

 私はかすれた声で答える。



 私も、このままずっと悠久と繋がっていたい……。



 揺さぶられ、言葉にならない想いを、心の中で呟いた。

「ん……っ」

 シーツを掴む私の左手の指と彼の指が交差する。

 指と指を絡め、しっかりと握る。

 押し寄せる快感の波に身を捩ると、薬指に光るピンクダイヤたちが目に入った。

 札幌で一緒に暮らしてひと月が過ぎた。

 一昨日から私の指にはピンクダイヤが輝いている。

「楽――っ!」

 悠久が苦しそうに私の名を呼ぶ。

 ギュッと目を瞑って、身構えた。

 身体の中心から足のつま先目掛けて電気が走る。思わず爪先がピンと伸びた。

「あっ、ああっ……!!」

 初めて抱かれた夜から、こうして毎晩、悠久は私を抱く。

 お互いが確かに腕の中に存在しているのだと、確かめるように。

 互いの熱や汗の匂い、重み、瞳の奥に揺れる自分の姿。

 全身と全神経で互いを感じ、ようやく眠りにつく。

 それでも、ほんのわずかな時間でも、姿が見えないと不安になる。

 タガが外れたなんて言葉では表現できないほど、互いを求め合っていた。

 その証拠に、先にベッドを出てシャワーを浴びる私を追ってきた悠久は、壁に手をつくようにと言った。

「悠久! こんなところで――」

「――ダメ?」

 背後から両胸の先端を摘ままれ、足の付け根には硬くなった彼を押し付けられた。

 彼の切っ先が昨夜の余韻を残す蜜口や、その上の膨らみに擦りつけられ、その度に私の腰も揺れる。


「だめぇ……」

 バスルームに自分の嬌声が響き、恥ずかしくなる。

 私たちの横からシャワーが音をたてて飛沫を吐き出し、私たちの身体に跳ねる音と共鳴するけれど、それでも私の声の方が響く。

 壁の向こうの隣室は、今は空室のはず。

 そうはわかっていても、こうしたウィークリーマンションはいつ誰が入居して、いつまで住むのかもわからない。

 昨日までは出張中のサラリーマンで、明日からは地方からやって来た就活生が住んでいるかもしれない。

 とにかく、この瞬間も絶対に空室とは限らないのだ。

「お願――い……」

「ん? 挿れて欲しいの?」

「ちが――っ!」

 片手が胸を下りて茂みの奥に到着すると、二本の指で膨らみを挟み、上下に撫で始める。

「ひゃ……んっ」

 時折円を描くようにも撫でられ、その気持ち良さに立っているのがやっと。

「あっ、ああっ!」

「声、響くよ」

 背後から耳元に囁かれ、背を仰け反らせた。その拍子に、私の腰が彼の下腹部に押し付けるような格好になる。

「そんなことしたら――」と言うと、悠久の唇が私の耳朶を食んだ。

「――挿入っちゃ……た」

「あーーっ!」

 いつもとは違う角度に、身体が悦ぶ。

「あんっ! あ――」

 もう片方の手が胸から離れ、掌で私の口を覆った。

「思いっきり啼かせたいけど、誰にも聞かせたくない」

 そう言うと、悠久の腰が引けて、勢いよく押し付けられた。

「んっ――!」

 最奥を穿たれ、腰が震える。

 ザーッとシャワーの水音、クチュクチュと蜜が滴る水音、チュッと彼がうなじに舌を這わせる水音。

 どれを取ってもいやらしくて甘美。
「は……る――」

 口を覆っていた手が外され、その手で顎を掴まれて首を回すと、食べられてしまうような深いキスを受ける。

 必死でキスに応えながらも、打ち付けられる楔に身体が痺れ、絶頂へのカウントダウンに身構えた。

 自分でも恥ずかしいほど、彼を離すまいと締め付けているのがわかる。



 今、願いを口にしたら、彼は応えてくれるだろうか……。



 札幌に来てから、彼に抱かれる度にそう思っては、飲み込んできた言葉。

 驚くだろうか。軽蔑するだろうか。喜んでくれるだろうか。

 なけなしの理性が葛藤し、今日もその言葉を飲み込んだ。

 代わりに、咥内で暴れる悠久の舌をじゅっと吸った。

 彼の両手が私の腰をきつく抱く。



 このまま、離さないで――。



 そう願った瞬間、彼は私の腰を掴んだまま腕を伸ばし、腰を引いた。

「く……っ」

 微かに彼の呻きが聞こえたと同時に、私の足元に白濁が飛んだ。

 私はずるっとその場に座り込む。

 はぁはぁと胸を上下させて体内に酸素を供給した。

「大丈夫か?」

 私は壁に向かったままで頷く。

 悠久もしゃがみ、後ろから私を抱き締めた。

「盛ってばっかでごめん」

 私は首を振る。

「いいの……。嬉しいから」

 ようやく呼吸が安定し、私は首を回して悠久を見た。

「けど、今はちょっと立てないみたい」

 腰が抜けたというか、痺れたというか、力が入らない。

 悠久は気まずそうに苦笑いすると、私を抱き上げてバスルームを出た。
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