彼にされるがままに
恥ずかしいのはやまやまだが、抵抗できる力が残っていない。
寝る準備万端でベッドに下ろされた時には、瞼が重くなっていた。
「楽?」
悠久の肩に頭を載せて目を閉じていた私は、ほんのわずかに瞼を持ち上げた。
「やっぱり、ちゃんと部屋を借りて暮らさないか?」
ウィークリーマンションを更新するかを相談した時、悠久は仮住まいではなくアパートかマンションを借りて腰を落ち着けたいと言った。
それでも、ウィークリーマンションを更新したのは、私が望んだから。
「違う場所に……行きたくなるかも――」
「――その時はその時でいいだろ」
「長い旅行気分でいいじゃない」
悠久はそれ以上何も言わなかった。
私は彼の鼓動を聞きながら、瞼を閉じた。
ごめんね、悠久。
悠久の気持ちは嬉しい。
二人の居場所を作ろうとしてくれている。
けれど、私はそれを作るのが怖い。
帰る場所が出来てしまったら、帰れなくなった時がツラいから。
間宮の家がそうだった。
あの家は私にとって、悠久との思い出の場所で、帰るべき場所。
だから、間宮の家で一人で暮らすのは苦しかった。
この世に一人きりなのではと錯覚してしまうほどに孤独だった。
そんな場所を増やしたくない。
今の私たちに必要なのは場所じゃない。
二人が手の届くところに存在すること。
悠久の腕の中が、私の居場所だから……。
「いつか、あの家に帰ろ……?」
意識を手放す直前、とても小さな声で呟いた。
『不自由はないかい?』
いつもと変わらない穏やかな声に、私はホッとした。
「大丈夫です」
『どんな小さなことでも、困ったことがあれば、言うんだよ。明堂さんは嫌がるかもしれないけれど、俺はどんなことでもするからね』
「ありがとうございます」
私と悠久のことを認めて、力になると言ってくれる修平さんの存在は、救いだ。
ウィークリーマンションで暮らし始めてすぐに、修平さんに居場所を知らせたいと言ったら、悠久はムッとした表情を見せた。
私が修平さんと会っている写真を見せられていた悠久は、修平さんが今も私に未練を残していると思っていた。
私は、修平さんの言葉に背中を押されて、励まされて、悠久と離れていた時間を耐えていたのだと話した。
渋々だったけれど、修平さんに居場所を伝えることを了承してもらい、それからこうして、週に一度くらいだけれど、連絡をしている。
悠久に心配する必要も、嫉妬する必要もないことをわかってもらうために、彼の前で。
今も、悠久はダイニングでコーヒーを飲みながら、こちらを見ている。
『来週、お祖母さんの誕生日だろう?』
「あ、そうですね」
『ようやく、相続関係も落ち着くから、そうしたら少し仕事を休もうと思うんだ』
「体調が悪いんですか?」
『いや。浩一との時間を持とうと思ってね。旅行もいいかもしれないな。北海道に行ったら、顔を見せてくれるかい?』
「もちろんです」
『ありがとう。新学期の前にでも行けるように調整するよ』
また連絡すると伝えて、電話を切った。
私が見ると、悠久が視線を逸らした。
「修平さんが北海道に来るかもしれないって」と、報告する。
「楽に会いに?」
「ううん。お子さんと旅行だって」
「え……?」と、悠久が目を見開いて私を見た。
「子供?」
「うん」
私は修平さんとの離婚の経緯を詳しく話した。浩一くんのことも。
なんとなく、言う必要はないと思ってきたけれど、今は話してもいいかなと思うようになっていた。
私が今も修平さんと連絡を取り合うのは、未練のような男女の情からではなく、性別を超えた家族としての情と、修平さんの贖罪の気持ちからだとわかって欲しいから。
「あとは……おばあちゃんの為だと思う」
「おばあちゃんて、亡くなった?」
「うん。おばあちゃんが結んでくれた縁を守れなかったことを、修平さんは気にしてるんだと思う」
「それだけで、離婚した後もこんなに気にかけるか?」
「とても一途で義理堅い人だから……」
「ふーん」
不機嫌さが滲み出る声に、私は顔を上げた。
「離婚したのに縁が切れてないのって、なんかムカつくんだけど」
そう言うと、悠久は立ち上がり、私の隣に腰を下ろした、そして、ぎゅうっと私を抱き締める。
「俺だって一途だから」