(…この男、恐らく余程の辛い経験を越えて来たのであ
(…この男、恐らく余程の辛い経験を越えて来たのであろう。それで記憶を落とし、自己暗示にでもかかったのじゃな。)一条家を支えるキレ者、宗珊としては珍しい誤認である。しかし、真っ直ぐと語澳洲遊學團隆行からは真実としか感じられないのに、頭から信じられない事を言われたのである。この誤認はしょうがないであろう。(しかし、膂力はあるようじゃ。主君に推挙するか。)と、多少の憐憫を含んだ視線を隆行に向けた宗珊は、迫力を引っ込めて、元のニコニコした笑顔に戻った。「ふむ。そうか。しかし、関白様の推薦状を出されてしまっては、ワシの家臣には出来ぬ。」「へっ?」「家格の問題じゃ。」たしかに、宗珊の言うとおりであろう。関白の推薦人を遠慮なく迎えられる程、土居家の家格は高くは無い。また、そのような人物を、主君を押しのけて召抱えるというのも、まさしく僭越である。隆行の表情にあからさまに動揺が浮かぶ。その表情に、隆行の実直さを感じた宗珊は、「しかし、わが主君ならば可能であろう。どうじゃ?」と温かく声をかけた。